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上写真:インド・ブッダガヤ/チベット寺 

 


炳霊寺仏像(中国)
仏教について

仏教とは、今からおよそ二千五百年前にインドで王族として生まれた釈尊(ゴータマ・シッダールタ)が、苦しみからの解放を目ざし、その方法を説いた教えです。「仏教」というと、現代では広く釈尊を開祖とする宗教の名として、イスラム教とキリスト教と並んで世界三大宗教のひとつとして用いられますが、古来、仏の説いた教え、仏になるための教えを示す場合、<仏法>あるいは<仏道>の語が使用されていました。

お釈迦さまの教え

それでは、釈尊が説いた教えとは、どのような教えなのでしょうか。
釈尊の教えは、医者が病人に応じて薬を与える(応病与薬)ように、苦悩した多くの人々それぞれに応じて説かれ、その教えは多様なものでした。したがって、釈尊入滅後、たくさんの弟子によってまとめられた釈尊の教えも一様ではありませんでした。
インドで生まれた仏教は、その後、アジアを中心に世界各地に広がりました。言語や文化の異なった各地でさらに独自の展開をしていき、その結果、現在では実にさまざまな姿をした仏教が各地にみられるようになっています。
しかし、様々な解釈を持って世界中に広がった仏教は、それぞれがまったく別のものではなく、仏教の根本となる教えが共通した礎となっています。その仏教の基礎となる根本の教えをみていきましょう。
三宝

仏教では、仏教の開祖である仏(ブッダ)と、仏の説いた教えである法(ダルマ)、そしてその教えを奉じる集団である僧(サンガ)を、欠くことのできない三つの宝として大切にしています。  
 自帰依仏 当願衆生 体解大道 発無上意 
 (自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大道を体解して無上意をおこさん。)
 自帰依法 当願衆生 深入経蔵 智慧如海
 (自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵に入りて、智慧海のごとくならん。)
 自帰依僧 当願衆生 統理大衆 一切無碍
 (自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無碍ならん。)
この文言は、5世紀に中国で翻訳されたお経『大方広仏華厳経』の「浄行品」に書かれている言葉で、今日に受け継がれて広く世界の仏教徒のあいだで唱えられています。三帰依文は、み仏であるお釈迦さまを敬い、その説かれた教えを大切に守り、そしてその教えを学ぶ人々の集まりを大切にいたしますと唱えているのです。

戒・定・慧

人は生きていく上で、さまざまな苦しみがあります。人間の苦しみは、釈尊が生きた時代も現在もあまり変わりはなかったことでしょう。いつの時代にも共通する根元的な苦しみに真正面から立ち向かう仏教の教えは、ときにはわかりやすい物語のかたちで、ときには難解な哲学書のかたちでまとめられました。しかし仏教は頭で理解するのみではなく、さまざまな修行によっても苦しみからの解脱を目ざします。
 釈尊が選んだ修行方法をもっとも簡潔にまとめたものを、三学といいます。三学、つまり三つの修行とは、「戒学」(戒を守る修行)・「定学」(精神統一をする修行)・「慧学」(智慧を得る修行)のことをいいます。生活目標を守って健全な生活をし、精神統一を行って心を静かな状態に保ち、正しい智慧を身につけることによって、生きる上での苦しみのもとを断つことを目ざします。

諸行無常・諸法無我・涅槃寂静・一切皆苦(三法印/四法印)

仏教の教えの特徴あらわす、三種または四種のしるしのことを三法印(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静)、もしくは四法印(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静・一切皆苦)といいます。
あらゆる現象は変化してやまない(諸行無常)、いかなる存在も不変の本質を有しない(諸法無我)、迷妄の消えた悟りの境地は静やかな安らぎである(涅槃寂静)、この世の全てのものは苦である(一切皆苦)ことをいいます。
このように、仏教ではこの世界を、無常であり、無我であり、苦であるととらえています。そして仏教はそのような状況を離れた状態、つまり静やかな涅槃を目ざすことが説かれているのです。

 
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